昭和52年10月19日 朝の御理解



 御理解 第37節
 「生きている間は修行中じゃ。ちょうど、学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞい。」

 確かに生きておる間は修行中である。それをこの世は、苦の世・苦の世界とも、だから見れる訳です。その苦の世・苦の世界を、私共が有難い世界というか、極楽の世界というか、いわゆる合楽の世界を開いて行くと言う事。言うなら極楽の世界を開いたからもうそれでずっと極楽かというと、極楽の中にもまた苦労がある。確かに生身を持っております限り、この苦労またはそれをお道では、まあ修行と受けて行くわけですけれども、修行というのは尽きないものである。
 ただ「学者が眼鏡をかけて本を読む様なものであろうぞい」と。言うならそれは学が身に段々付いて来る。今まで知らなかった世界が開けてくる。又はこれが学徳というものかと思われる様な、ひとつの教養が高められるにしたがって、やはり学者の徳というものが身に付いてくる。それが有難い「年をとって眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞい」と。勉強の楽しさに勉強が身に付いて行く喜びという。だからお道の信心はそれを全部自分の喜びにして行く精進を修行と言うのではないでしょうかね。
 昨夜のお月次祭に、合楽会の時に公子さんが発表して、発表と言う事じゃないけど、話をしておりました。その事を取り上げて話を聞いて頂いたんですけれども、どんなに苦しい、例えばこの頃から、宮崎のアルプスで遭難された人のお姉さんが、親子三代にもわたって信心さして貰い、御用と言やあ本当に一番にさして貰う。教会では指折りのご信者であるのにも拘らず、「弟がどうしてならば、何ならば遭難しなければならなかったか」と。「それをめぐりと片付けられたんじゃあ、余りにも悲しいことだ」と。
 と言う様な腹が立つやらな悲しいやらと言う中に、丁度合楽の二十三日の霊の霊祭にお参りをして参りまして、それこそ心が一変して、もうそれが有難うして有難うしてという、言わば霊様にお礼が言えれる境地が開けてきた。それが手紙の文章だけでない証拠に、沢山なお供えをなさって、その喜びを、心が切り替えられたことのお礼を言っておられます。その喜びの様子を見ておられるお母さんも、「本当にやっぱしあんたが言う通りなあ」と言うて、その腹が立つやら悲しいやらという中から救われて行っておると言う事が書いてあった。変わっていない事情は。
 昨日の公子さんの話でもそうなんです。もう本当にただ「内地に帰りたい、帰りたい」の一念が、もうこんな事言うたら先生が腹かく。こんな事言うたら先生が信心をかきむしる様な事。いや先生の信心をもう、本当に傷つけてしまう様な事と判っておりながら、言わずにゃおれない。しかも来る日も来る日も、それをその泣き立てて、騒ぎ立てておる自分が本当に恥ずかしいと。恥ずかしかったと。そういう苦しゅうて苦しゅうてたまらん。「もう内地に帰った途端に死んでも良いから帰してくれ」ちゅうた。
 あんまり言うから「そんならお前帰れ」と「その代わり、子供は置いて行けよ」とこう言う。子供を置いてまでは、置いてからはとても帰りはきらん。たまたまここを出発する時に、親奥さんから書いてもろとった「神にすがりて」と言うのを見た途端に、それこそついたものが落ちたように、心の状態が変わってきた。見ること聞く事が変わってきた。「こりゃこの先生と言わば生死を共にする。ブラジルの土にならにゃならん」という腹が決まったというのです。もうあっという間です。
 ならそのもうとにかく内地に帰りたいとか、あちらでの生活環境が全然違う、苦しい中にです。まだその時分は二人の子供とお腹に赤ちゃんを入れておる時でございましたでしょうけれども、もうそれからというものは、もう主人じゃない、お父さんじゃない。もう本当に金光大神の手代わり者、親先生として頂けるようになったと言う事を、それこそ涙ながらに話して、もう聞く者としても大変感動した事でした。
 本当にやはり、「元をとって道を開く者はあられぬ行をする」と言うが、「やっぱそういうところを一遍は通らしてもらわにゃね」と言うて、話を聞かせてもらった事です。生身を持っておるからいろんな苦しみやら、それが本当に深刻になってくれば来る程にです。本当にこの世は苦の世界だというふうに、やっぱり見えてくる訳です。それをまあ信心のない、またはそれに負ける人たちは、世の敗残者にならなきゃならない。自殺行為にでも出て行く様な事になりかねない。だからそういう苦しいことが強ければ強い程、あればある程、生き生きとした神様をそこに頂くことが出来れるという。そのことが出来たから、もうそれだけで済むかと言うとそうじゃない。次から次とやはり難儀はある。
 昨夜も遅う私は昨日から筋肉痛と言うですかね、筋肉痛と言うのでしょうか神経痛というのでしょうか、この膝から下半身このお尻にかけてもうとにかくこう圧して御用するのにこんなに曲がれんのです痛い。今日は御祈念はこんな格好でさして貰ったんです。これが引っ張ってこう曲がると痛いんです。それを昨夜も一晩中だから「お湯になっどん入ったならばちっとは楽になるかもしれん」と。
 また夜中にお風呂に入ってましたら、まだ遅かったけれども、公子さんらが入って、赤ちゃんまだ入れて入っとるとこでした。そして聞いたんですけども、「静行が熱発してから」とこう言う。本当に次から次と、修行がやっぱりあるなと言う事です。だからそういう苦労をです。本当に修行として頂けれるという手立てが、日々教えに説かれておるのだというふうに思うです。
 しかもそういう難儀を感ずる、苦しいことを感ずる中にです。その事がそれこそついたものが落ちたように、今の今まで自分の心の中に、鬼じゃろうか蛇じゃろうかと言う様な事を口に出して言うておった自分がです。本当に一変して自分の心の中に有難い、もうこの先生に一生を託した。その心の状態が開けて来た。そういう例えばことが「生きておる間は修行中じゃ」と言うのはそう言う事じゃないでしょうか。
 だから「生きておる間は修行中じゃから」と言うて、その「苦しい苦しい」と言うておったんではだから、つまらなん話で、やっぱりこの世は苦の世・苦の世界だと言う事になります。だから、その苦の世・苦の世界を極楽の世界にするというのは、もう一切に恵まれて健康で、お金があって一切の恵まれ続けると言う事ではない。どういう中にあっても、自分の心に有難いという心を開いて行くと言う事。
 「おかげで身体も今日は苦しかったけれども、結構な修行をさせてもろうて有難うございました」とお礼の言えれるような状態が、繰り返されるそれが「生きておる間は修行中」と言う事じゃなかろうか。そういう頂き方が力にならないはずがない。徳にならないはずがない。そういう生き方をするところに、「学者が眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞい」と教えられる。
 言うならば学の力が付いてくる。学徳が身に付いてくることが自分に判るから、それを、はあこれはもうほんにこんなに年をとってからでも、眼鏡をかけちからまでも本ば読まんならんとは残念なことじゃろうと思う。私は何時も感心しよったけども、古川のお祖父さん、古川先生がそうでした。もう何時行っても、もう御体は大変弱っているにもかかわらず、何か眼鏡をかけて、しかも虫眼鏡のようなものを持って、もういつも何かしらん難しい本を読んでおられるんです。
 もうあのお年になられてから、そのやはり見識が広まって行くというでしょうかね。学が身に付いて行く楽しみがやっぱおありになったんだろうと。信心も同じこと。そういうように身に付いて行く。信心が身に付いて行くと言う事は、安気安穏の中には連れて行かん。成程「この世は修行に来とるとだな」と、「この世は苦の世だな」と思う中に、それを苦労を苦労とせずに、「今日も修行させて頂いて有難うございました」とお礼が言えれるような、それが本当に実感としてね言えれるようになった時に、私それは正しく力になる、徳になっていっておる様子だと思います。
 結局信心とはそういう苦の世界から、安気安穏の世界に脱皮して行くとか、飛躍して行くということじゃ決してない。少しも油断は出来ん。安気安穏なんて出来ることではない。その中に「生きておる間は修行中じゃ」という、言うならば修行がさしてもらう。そこに手応えを感ずる訳です。修行の有難さが身に付いてくる訳です。それが身に付いて行くことをここでは教えておられると思います。本当に生身を持っておれば何時どういう痛い思いやら、これは肉体の上にでもそうです。
 頭痛かったり腹が痛かったりこれはなら肉体だけの事ではない、心の上には尚更の事様々に思い惑う事があったり、苦しかったり悲しかったりする事もあります。けれどもそれを、その悲しい事苦しい事を追求して参ります時に、そこに神愛を感じます。そこから「結構な修行をさせて頂いて有難かった。もう本当に苦しい一日でした」と。けれどもね心の底には、この修行の受け貫いた暁の事を思うたら、心の底に何とはなしに光を感ずる。信心のある者とない者の違いは、そう言う所にもなからなければならんと思うですね。
   どうぞ。